其処より逆落しの様な急坂を降れば海の口村、路もよくなり、もう中村君も歩いてゐた。やゝ歩調を整えて存外に早く松原湖に着き、湖畔の日野屋旅館におちついた。まだ誰も来てゐなかつた。 程なく布施村より重田行歌、荻原太郎君の両君、本牧村より大沢茂樹君、遠く松本市より高橋希人君がやつて来た。これだけ揃うとわたしも気が大きくなつた。昨日一昨日は全く心細かつた。 夕方から凄じい木枯が吹き出した。宿屋の新築の別館の二階に我等は陣取つたのであつたが、たび/\その二階の揺れるのを感じた。 宵早く雨戸を締め切つて、歌の話、友の噂、生活の事、語り終ればやがて枕を並べて寝た。 遠く来つ友もはるけく出でて来て此処に相逢ひぬ笑みて言(こと)なく 無事なりき我にも事の無かりきと相逢ひて言ふその喜びを 酒のみの我等がいのち露霜の消(け)やすきものを逢はでをられぬ 湖(うみ)べりの宿屋の二階寒けれや見るみずうみの寒きごとくに 隙間洩る木枯の風寒くして酒の匂ひぞ部屋に揺れたつ 我等のほかにもう一人の先客があつた。信州海の口へ行くといふ荷馬車挽きであつた。それに亭主を入れて我等と四人、囲爐裏の焚火を囲みながら飲み始めた酒がまた大変なことゝなつた。 折々誰かゞ小便に立つとて土間の障子を引きあけると、捩ぢ切る様な霧がむく/\とこの一座の上を襲うて来た。